2018年11月10日土曜日

白色

サインデザインで素材を活かした印象的な仕事があります。
グラフィックデザイナーの原研哉氏のデザインである産婦人科病院の院内サインです。通常 サインデザインに求められることは、可読性、正確な伝達性、耐久性、個性(らしさ)、メンテナンスの容易性などまだまだありますが、このサインは これらの条件からは落ちてしまいそうなサインでありながら、その存在感はきわだっています。
それはまるでソックスをはくように白布袋をはかせたり、台座にボックスシーツのようにかぶせたりするサインです。白布には赤の細い書体で名称や矢印、ピクトグラムなどが印刷されています。
白布つり下げサイン
白布壁付けサイン
産科は病院の中でも唯一喜びに包まれている診療科です。しかし 生まれてくる命とお母さんの命を守るために常に緊張感もあります。真っ白な布のサインは、来院のお母さんに病院はいつも緊張感と清潔感を持って、最高の医療とサービスを提供しています。というメッセージを表現していると言えるでしょう。

白の布で出来たサインは、すぐに汚れそうです。汚れたらすぐ取り替えるのは手間がかかりますが、病院はタオルやシーツなどたくさんの白布を洗うところですので、その負担は組み込める範囲なのでしょう。そして このサインは布の持つわずかなシワや小さなヒダなど 硬質のプレートサインにはない、暖かい気持ちを感じる事ができます。
つねに真っ白な状態を保っているのは、スタッフの日々の緊張感と努力が必要であり、それが命を守る病院の姿勢を伝えている気がします。

白という色もやわらかい布というマテリアルによって、シワやヒダがこんなに生かされることに驚きました。


もう一つ美しい白があります。
グラフィックデザインという仕事は、日々たくさんの紙を使います。さまざまな美しい色色… 何段階にもわたる色のグラデーション… などなど そのカラフルな世界は 私たちを魅了します。
なかでも一番心引かれるのは、白の紙です。白といってもマテリアル(素材、質感)の違う白紙は、まったくその印象が違います。
ピカピカに光った硬質のアート白紙、しっとりとした艶を含んだコート白紙、さまざまなマテリアルの特殊白紙など。そして白紙といっても、その色には幅があります。
少し黄味がかった白、うっすらと青をみを感じさせる白、ごく薄いグレーにちかい白など。また光を浴びた時と、影になった時の同じ白紙の違いも美しいものです。

装丁デザインの仕事では、最初に束見本(つかみほん)という本を造ります。仕上がりと同じ紙、同じページ数で製本し、背の厚み、重さ、手触り、ページのめくりやすさなどを確認し、デザインイメージをつかむための何も印刷されていない本です。
この束見本は、時にその上に印刷をかけていくことをためらうほどの美しさを放ちます。

一枚一枚マテリアルの違う白紙だけで出来た、印刷のない本を造りたいと思っています。
白の持つ豊かな色世界を感じてみてください。



参考:「グラフィックデザイナーのサインデザイン」誠文堂新光社