2019年12月9日月曜日

手ばかり(手秤)

仏手柑ぶしゅかん)という植物の果実から作られた、仏手柑長寿飴という珍しいお菓子がありました。
その実は まるで手のような形で、その形が仏様が合掌した手の形に似ているため、この呼び名がついたそうです。
仏手柑の木を初めて見た時、その形の不思議さに驚きました。

仏手柑はインド原産の果実で、神経を鎮め体内の毒素を出すといわれ、古来より漢方として珍重されています。高貴な芳香を持つ まれなる果実です。」とパッケージにあります。ユズ、カボスなどと同じ香酸柑橘類の一種です。国内では鹿児島でわずかに栽培されているだけの貴重な果実で、観賞用がほとんどですが、生食には向かないため、砂糖づけや飴などの菓子としてや、その効用を生かした漢方薬として使われているそうです。


仏手柑ぶしゅかんの実
仏手柑飴


仏手柑の不思議な形から、手について考えてみました。

日頃 よく使う言葉に「手を尽くす 手秤で見当をつける 手の内を明かす 手を替え品を替え…」など、手にまつわる言葉がたくさんあります。
手がついた言葉は、具体的な事柄を示したり、状況や考え方 意思を表す場合など、さまざまな場面で使われます。
手はほとんどの場合 視野の中にあります。話し言葉の次に、ひんぱんに使われる身体を使ったコミュニケーションのツールといえるでしょう。



たくさんの手のついた言葉の中に「手ばかり=手秤」という言葉があります。
文字どおり辞書では「手に乗せたり、下げたりして、だいたいの重さを知ること」とあります。デザイナーは この「手ばかり」の感覚が鋭敏な気がします。
もちろん 長さはスマホのアプリでも簡単に測れますし、定規やメジャーなどのいろいろな計測の道具がありますが、道具を使わない「手ばかり」は別物です。

正確な数値が必要な場合は道具で測りますが、「手ばかり」の手に乗せたり 下げたりして得られる重さや 長さの感覚は、コミュニケーションを考えるデザイナーには必要な力です。
データでは同じはずのものが、「手ばかり」で手に乗せたり、下げたりしてみると違いを感じる。という経験はありませんか? 私たちは 色や形を見て、同じ条件のものも違って見えたり 感じたりすることがよくあります。
表現を考える時、大きくみせたいのか重くみせたいのか あるいは小さくみせたいのか軽く見せたいのかなど、自分の表現したい内容にはどのような色彩、カタチ、マテリアルなどが効果的かを理解しておく必要があります。


また 身体を使った理解の助けには、長さもあります。個人差はありますが、女性の場合親指から人差し指までをいっぱいに開くと、約18cmあります。前腕のひじから手首までの長さは、足のサイズと同じです。また ほぼ人の腕の長さ(左肩先から右指先まで)に相当するのは1mです。このブログのシリーズ第1回目の「POWERS OF TEN」に書きました。


「手ばかり」だけでなく、自分の身体の物差しを知っておくことは、デザイナーとしての感覚を鍛えます。道具がなくても直感的にいろいろなサイズを考えてみてください。